下書きは、前よりずっと早くできる。それなのに一日は相変わらず忙しい。「AIで浮いた時間はどこへ?」という問いは、使う人の工夫不足だけで片付けたくありません。研究を読むと、一つの作業が速くなること、仕事全体が変わること、早く帰れることは、別々に起きています。そこを一緒に「生産性」と呼ぶと、変化を見落としてしまいそうです。
01 AIの効果が、はっきり見えた仕事もある
2025年に学術誌QJEに掲載された「Generative AI at Work」は、企業向けソフトウェア会社の顧客対応担当者5,172人を調べています。AIが会話の進め方を提案する仕組みを導入すると、1時間当たりに解決する問い合わせが平均15%増えました。特に経験の浅い担当者で効果が大きく、熟練者では小さかったと報告しています。[1]
単なる「文章を早く書けた」という自己申告ではなく、対応した問題の解決までを見た結果です。この環境では、AIが経験者の知識を利用しやすくし、慣れていない人の仕事を支えました。ただし、15%は解決件数の増加率。労働時間が15%減ったという数字ではありません。
02 メールが減っても、会議や仕事の数は変わらない
別の研究は、66社・7,137人を対象に、普段使うメールや文書、会議のアプリへ生成AIを提供した6か月の実験です。2025年11月改訂版では、AIを利用した人のメール作業が週約2時間減り、通常の勤務時間外にアプリを使う時間も減りました。[2]
それでも、会議に使う時間や、作成する文書など仕事の量・構成に大きな変化は見つかっていません。「速くなったのに何も変わらない」ではなく、自分で変えられる作業には効果が出ても、周りと調整して変える仕事は、そのまま残ったと読むことができます。
私はこの結果に、職場らしさを感じます。自分のメールを読む時間は自分で短くできる。でも定例会議をなくすには、ほかの参加者の合意がいる。AIを個人へ配れば、組織の段取りも自動的に変わる、とはいかないようです。なお、研究者には製品提供元のMicrosoftの所属者が含まれ、論文にも関係が開示されています。
03 浮いた時間の行き先は、新しい仕事にもなっている
デンマークの11職種、約2万5,000人・7,000職場の調査と行政記録を結び付けた研究もあります。2026年3月改訂版では、ChatGPT登場後2年の範囲で、AI利用による平均的な賃金や記録上の労働時間の有意な変化は確認されませんでした。[3]
ところが、仕事の中身は動いています。文章や案をつくるだけでなく、AIの出力を確認する、社内の利用ルールを整える、既存の仕事へ組み込む、といった新しい業務が生まれています。AIで時間が節約できた場合、その時間をほかの仕事へ回す、と約85%の利用者が回答しています。これは節約時間の85%を実測した数字ではなく、時間の使い道についての回答です。
| 何を調べた研究か | 観測された変化と、読めないこと |
|---|---|
| 顧客対応/5,172人 QJE、2025年 |
1時間当たり解決件数が平均15%増加。会社全体の労働時間や利益が同率で改善した、という結果ではない。 |
| メール・文書・会議/66社・7,137人 2025年11月改訂 |
利用者のメール作業が週約2時間減少。会議時間や仕事の量・構成には大きな変化を確認できず。 |
| 雇用・仕事の変化/デンマーク11職種 2026年3月改訂 |
平均的な賃金・記録上の労働時間の有意な変化を確認できず。一方で新しいAI関連業務や仕事の再編を報告。 |
対象の仕事も国も観測方法も違うので、一つの順位表にはできません。ただ、この三つを「AIは効く/効かない」の勝負にするのは惜しい。作業単位の改善と、仕事の組み替え、労働条件の変化は、違う速度で進むことを示しているように見えます。
04 「速くなった気がする」も、無視できない
もう一つ、考えさせられる実験があります。METRが2025年前半に、慣れた大規模プロジェクトで仕事をする開発者16人、246課題を調べたものです。AIを使える条件では、課題の完了に19%長くかかりました。それでも参加者は、実験後もAIで約20%速くなったと考えていました。[4]

ただし、この数字で「AIは仕事を遅くする」と結論を出してはいけません。METR自身、2026年2月の追試報告では、AIを使わない条件を嫌って参加しない人が増え、参加者の偏りなどから現在の効果を信頼して推定しにくい、としています。速くなっている可能性も述べています。[5]
古い数字を最新AIへの反証に使うより、使いやすさの実感と、仕事の完了までの時間は一致するとは限らないという発見を持ち帰りたい。楽になったことも価値ですが、それをそのまま「早く終わった」と呼ぶと、確認や手直しに使う時間が見えなくなります。
05 速くした場所と、詰まっている場所が違うのかもしれない
ここからは、研究を読み合わせた私の仮説です。AIで下書きの作成が速くなっても、確認する人、判断する人、次の工程が同じ速度のままなら、仕事はそこで待ちます。全体の流れを制約している箇所をボトルネックと呼びます。瓶の口が細いと、中身を押しても出る量が増えない、というたとえです。
たとえば原稿を用意する時間は半分になったのに、承認は週一回の会議でしか進まない。これは説明用の例ですが、個人の時短と公開までの日数がずれる理由は想像できます。逆に顧客対応のように、一人の作業の改善が解決件数へつながりやすい仕事なら、効果が見えやすいのでしょう。
「AIを使いこなして、もっと時短しよう」とだけ言われると、すでに速くなった人ほど、次の仕事を引き受けることになります。研究が気付かせてくれるのは、人の手元の速さだけでなく、仕事が次へ渡る仕組みを見ないと、職場全体の変化は分からないということです。AIの能力を問う話が、いつの間にか会社の段取りを問う話になっている。私は、いまの職場の変化で面白いのは、そこだと思います。
根拠・参考資料と、この記事の見方
研究ごとの対象・時点・指標は異なり、数値を同じ効果量として比較していません。NBERの2論文はワーキングペーパーで、参照した改訂年月を明記しました。ボトルネックについての考察と承認会議の例は編集部の解釈・説明用の仮説です。METRは2026年の追試に関する留保も併記しています。 出典の確認日:2026年10月21日。
[1] Brynjolfssonほか:Generative AI at Work、QJE 2025
[2] Dillonほか:Shifting Work Patterns with Generative AI、2025年11月改訂
[3] Humlum・Vestergaard:Still Waters, Rapid Currents、2026年3月改訂
