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ホテルを探すのがAIになったら、広告は誰に見せる?

日本で始まったMetaのMuse。ホテルの直接予約キャンペーンと過去の予約データを手がかりに、AIが候補を比べる時代の集客と「ここに泊まりたい」を生む広告を考えます。

MetaのMuse日本提供開始用ビジュアル。富士山と紅葉を背景に、日本の旗を持つ白いアバターが立つ。

キービジュアル:Metaの日本提供開始プレスキット(2026年10月23日)。日本向けの公式紹介ビジュアル。

例えば、「来月、大阪へ二泊。駅に近くて、夜遅く着いても入れるホテルを探して」とAIに頼む。自分で予約サイトをいくつも開く代わりに、AIが候補を探してくれる。そんな旅行の準備が、少しずつ現実になってきました。

10月23日、MetaがパーソナルAIエージェント「Muse」を日本で提供し始めました。質問に答えるだけでなく、ブラウザーを操作し、フォームへ入力して、用事を進めるサービスです。旅行分野ではTrip.com、Agoda、Klookなどとの連携を発表しています。[1]

ホテルの広告担当者なら、気になるはずです。人が予約サイトを見なくなるなら、きれいな客室写真や、泊まりたくなる広告は、誰に届ければよいのでしょうか。

それでも、広告を届けたいのは旅に出る人だと考えます。「条件に合う宿を探して」とAIに頼むのか、「このホテルに泊まりたいから、空室を調べて」と頼むのか。人の心を動かす広告は、AIに渡される依頼そのものを変えられるからです。

AIがホテルを探すとき、ホテルは何を伝えればよいのか

旅行の予約には、案外たくさんの作業があります。泊まる日、場所、料金で宿を絞り、チェックインの締め切りを確認する。部屋を決めたら、予約欄に必要事項を入れる。AIエージェントは、こうした作業をユーザーに代わって進めます。Metaは、Museがアプリを閉じた後も作業を続け、購入などの重要な操作の前には本人へ確認すると説明しています。[2]

Museの日本語紹介画面。アプリ接続の提案と会話による依頼を示す3画面。ホテル予約の実証画面ではない。
画像引用:Meta/日本提供開始のプレスキット(2026年10月23日)。画像を押すと拡大できます。

公式の日本向け紹介画面にも、予定やメールへ接続し、会話で依頼を受ける様子が出ています。検索窓に単語を入れるだけでなく、その人の予定や希望を受け取って動くサービスなのです。

ここでホテルの説明に必要なのは、希望に合うかどうかを確かめられる情報です。「遅い到着でも安心」だけでは、夜11時に着く人を受け入れられるか判断できない。「チェックインは24時まで」とあれば、条件がはっきりします。部屋の雰囲気を好きになってもらう写真と、予約できるかを確かめる時刻・料金・利用条件は、別々の仕事をしています。

ただ、ホテルにとっては、見つけてもらえればそれで終わりでもありません。同じ部屋が売れても、どこを通じて予約されたかで、ホテルに残るお金も、次の予約へのつながり方も変わります。この事情を、ホテル業界はAIが来るずっと前から経験していました。

ホテルが直接予約を増やしたかった理由は、手数料と「次の一泊」

Booking.comやExpediaのように、いろいろな宿を一度に検索・比較し、予約できるサービスを「OTA」と呼びます。オンライン旅行代理店のことです。ユーザーには探しやすく、ホテルには自社の名前を知らない人にまで部屋を売れる、大きな販売窓口になりました。

その一方で、ホテルはOTA経由の販売に仲介手数料などを支払います。同じ2万円の部屋が売れても、売上の一部を仲介会社へ払う予約と、自社で受ける予約では、手元に残る額が違う。直接予約に使うサイトや広告にも費用はかかりますが、ホテルが販売経路を気にするのは、この採算の差があるためです。

もう一つが、次の予約です。泊まった人が満足してくれても、次の旅行で開くのがまたOTAなら、ホテルはほかの宿と並べられ、料金や口コミで比較されます。毎回、そこから選んでもらわなければならない。

対して、自社の会員になってもらい、公式アプリを使ってもらえれば、ホテルは会員向けの料金や特典を継続して案内できます。「次もここに泊まろう」と、比較サイトへ戻る前に思い出してもらう。その関係を育てたかったのです。[6]

2016年にHiltonが始めた「Stop Clicking Around」は、その狙いを正面から広告にしました。あちこちのサイトをクリックし続けるのをやめて、Hiltonへ直接予約しよう、という呼びかけです。当時の資料には、OTAが最もよい料金を出すという認識を変えること、直接予約を増やして仲介手数料を減らすことが記されています。[3]

Hiltonの2016年広告資料。直接予約を訴える館内の掲示物やエレベーター広告。
画像引用:Hilton「Stop Clicking Around」2016年キャンペーン資料・8ページ(Hospitality ON掲載)。画像を押すと拡大できます。

資料にある館内広告は、ホテルの豪華さを見せるだけの広告ではありません。会員向け料金、Wi-Fi、ポイント、デジタルチェックインといった、直接予約で得られる利点を伝えています。

エレベーターや客室のカードキーまで広告にしたところにも、狙いが表れています。すでにHiltonに来ている人へ、「次の一泊は、ここから予約するといいですよ」と教えた。目の前の宿泊を、次の直接予約へつなげようとしたわけです。

Marriottも2016年、会員が直接予約したときの専用料金を導入しました。ホテルの都合で「仲介手数料を減らしたい」と言う代わりに、ユーザーにも安さや便利さを返し、予約する場所を変えてもらう。これが大手ホテルの打ち手でした。[4]

直接予約を勧めた結果、売上と会員はどう動いたか

Hiltonは、キャンペーン初期のEMEA地域(欧州・中東・アフリカ)の集計で、次の伸びを報告しています。2016年5月までの累計を、前年の同じ期間と比べた数字です。[3]

Hiltonが公表した指標 前年同期比
公式Webサイト経由の売上 27%増
HHonorsの会員登録 63%増

直接予約の売上だけでなく、その後も特典を案内できる会員も増えた。この地域の初期集計では、求めていた二つの変化が、どちらも数字に出ています。

では、会員割引をした分だけ、ホテルが損をしたのでしょうか。この点も後に調べられています。ホテルの販売データを分析するKalibri Labsは、2019年、会員制度を持つ米国の約1万9,000ホテル・8,000万件の取引を調査した結果を発表しました。会員割引や検索広告費、予約にかかる費用を考慮した後も、公式サイト経由の会員予約は、OTA経由より一室一泊当たりの収入が9%高かったとしています。[6]

この集計では、ユーザーに特典を渡しながら、ホテルにも多くの収入が残っていました。直接予約を増やす取り組みには、そんな採算上の理由もあったのです。「うちのサイトを見てほしい」という広報の願望だけで、大きな広告を打っていたわけではありません。

AIがAgodaを使うなら、予約の窓口はOTAのまま

この歴史を踏まえると、Museの連携先にTrip.comやAgodaが入っていることが気になります。ホテルにとっては、ユーザーがAIへ頼むようになっても、予約を受ける窓口がOTAのまま、という可能性があるからです。

従来はユーザーからOTA、ホテルへ。AIを使う場合も、AIからOTAを経由する可能性があるという予約経路の説明例。
Metaの日本提供開始の発表をもとにHYPEUP作図。経路は説明例で、Museの固定された処理順や、予約の実測データではありません。画像を押すと拡大できます。

例えば、ユーザーの代わりにAIがAgodaを使って予約を進めるなら、ホテルは引き続きAgoda経由の販売を受けることになります。ユーザーが予約サイトの画面を開かなくなっても、ホテルとOTAとの取引がなくなるわけではありません。

そのため、ホテルが「AIに見つけられる文章を増やせば、集客の問題は解決する」と考えるのは早い。どこから予約が入り、販売にいくらかかり、その人に次も選んでもらえるか。Hiltonが取り組んだ課題は、AIが加わっても残ります。

こうした販売経路の選び方を、マーケティングでは「チャネル戦略」と呼びます。OTAで初めての人に見つけてもらう経路と、気に入った人に公式サイトから戻ってきてもらう経路を、どう組み合わせるか。AIにも、ホテルへ人を連れてくる新しい仲介役として向き合う必要があります。

「条件に合う宿」から、「あの宿に泊まりたい」へ

ここで、冒頭の広告の話へ戻ります。出張の寝床を探すなら、駅からの距離と予算で決めることもあるでしょう。でも、Instagramで海の見える客室を見て、「次の休みはここに行きたい」と思う旅もあります。

前者なら、AIは条件に合う宿を比べます。後者なら、ユーザーはホテル名を指定して、空室や行き方をAIへ頼める。ホテルは、候補の一つになる前に、すでに選ばれています。

人が自分で検索する回数が減るなら、その人がAIへ頼む前に「泊まりたい」と思ってもらう広告の価値は、むしろ大きくなる。私は、ホテルの広告にその可能性を感じます。

そのとき、ホテルの発信を「駅徒歩何分、朝食何時から」という情報だけにしてしまうのは惜しい。どの部屋で朝日を見てほしいのか。朝食の何を楽しみに来てほしいのか。ホテルが大切にしてきた過ごし方を、人が覚えてくれる写真や言葉で伝える仕事は、残ります。

そして、写真で好きになった部屋が、どの部屋タイプなのか。朝食付きで予約するには、どのプランを選ぶのか。人の「行きたい」が、実際の予約で迷子にならないよう、具体的な条件までつなげておく。この両方が揃って初めて、AIに手続きを手伝ってもらいやすくなります。

公式サイトで、安い部屋以外の楽しみも選んでもらう

公式サイトに来てもらえた後にも、ホテルにできることがあります。部屋の違いを詳しく見せ、連泊の過ごし方や、食事などの追加サービスまで選べるようにすることです。

予約管理サービスのSiteMinderが2025年1月に公表した、2024年の1億2,500万件超の予約データでは、公式サイト経由の一予約当たり平均額は519米ドル、OTA経由は320米ドルでした。一泊の単価ではなく、泊数や追加サービスなどを含む予約一件の金額です。同社は、公式サイト経由では高い部屋、長い滞在、追加サービスが選ばれていると説明しています。[5]

直接予約には、仲介費用を抑える以外にも、その宿でどう過ごすかを詳しく選んでもらえる余地がある。ホテルの公式サイトを、価格と空室を確認するだけのページにしておくのは、もったいないと思います。

空室の読み比べや、予約欄の入力は、AIに助けてもらえたらうれしい。その分、人には「どこへ行きたいか」を考える時間を残してほしい。ホテルが大切にしてきた眺めや朝食の魅力が、価格順の一覧の中で埋もれてしまう未来は寂しい。

だからホテルの広告には、AIへ分かりやすく情報を渡す仕事だけでなく、「条件に合うどこか」から「名前で頼まれる宿」になる仕事を期待したいのです。手続きが短くなっても、旅先への憧れまで小さくする必要はありません。

根拠・参考資料と、この記事の見方

確認日:2026年10月25日。冒頭の依頼と予約経路図は、Metaの発表をもとにした利用場面の説明例です。ホテル予約の実地検証は行っていません。Hiltonの2016年数値はEMEA地域での会社集計で、広告単独の因果効果ではありません。Kalibri Labsは会員制度のある米国ホテルの取引を比較した研究で、Hiltonだけの成績ではありません。SiteMinderの2024年データは泊数や施設構成の違いも含む一予約当たりの比較です。各資料を同一条件の実験としては扱っていません。

[1] Meta/Museの日本提供開始(2026年10月23日)。連携先と日本での提供状況。

[2] Meta/Museの発表(2026年9月)。ブラウザー操作・承認・プライバシーの会社説明。

[3] Hilton/2016年Stop Clicking Aroundキャンペーン資料。狙い・広告・EMEA地域の会社集計(8、19ページなど)。

[4] Marriott/直接予約する会員向け料金の発表(2016年3月11日)。当時の施策。

[5] SiteMinder/2024年予約データの発表(2025年1月23日)。同社顧客44,500施設超・1億2,500万件超の集計。

[6] Kalibri Labs/Book Direct Campaigns 2.0の調査発表(2019年1月24日)。会員制度のある米国約19,000ホテル・8,000万件を集計。予約費用控除後の一室一泊当たり収入を比較。

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