冒頭画像:ドコモのホワイトペーパーp.24を基にHYPEUP作図。人の総発話量を示す編集ビジュアル。
AIが長く説明すると、人はよく話すようになるのでしょうか。ドコモの小さな実験が示したのは、むしろ逆でした。AIの一言は短くなったのに、人が話す量は増えた。接客AIの価値は、「何件さばけるか」から、これまで聞き切れなかった相談へも広がるかもしれません。
NTTドコモは10月26日、相手の状況に配慮する「高EQな音声対話技術」を発表しました。EQは感情や状況に応じて振る舞う能力を表す言葉。同社は、AIの正確さや速度だけでなく、どう受け止め、いつ話し、どこで聞くかを評価する指針を作っています。[1]
AIの一言は短く、人の話は長くなった
発表と同時に出たホワイトペーパーには、社外の成人約20人が、二つの設計のAIを体験した実験があります。一つは感情への配慮や相手への質問を含む応答。もう一つは要約や記録を優先する応答です。対話の基盤をそろえ、プロンプトの設計を変えて比較しています。[2]

全90セッションを比べると、配慮を含む条件では、AIの1発話は平均58.2字から53.6字へ短くなりました。一方、人の総発話量は、1セッションあたり58.0字から83.0字へ増えています。人が話す回数も、一言の長さも増えていました。ここでいう83字は、一言の長さではなく、対話1回の合計です。[2]
長い共感文をたくさん聞かせることと、話しやすくすることは、同じではない。相手の発言をすぐに要約して結論へ運ぶより、短く受け止め、続きを聞く方が、本人の言葉が出てくる。この実験は、その可能性を示しています。
ただし、これは少人数の探索的な実験です。資料も統計的な有意性を主張していません。人が話した量の増加を、そのまま接客の問題解決率や購入率の向上へ読み替えることはできません。それでも、何を改善の目標にするかを考えるには、十分に気になる結果です。
接客が短くなるのには、ちゃんと理由があった
例えば、パスワードを再設定したいとき。こちらが望んでいることは決まっています。必要な手続きを早く終えてくれるAIはありがたい。問い合わせを短く解決することには、ユーザーにも企業にも価値があります。
実際、2025年に学術誌『Quarterly Journal of Economics』に掲載された研究は、カスタマーサポート担当者5,172人へのAI支援を分析し、1時間あたりの問題解決件数が平均15%増えたと報告しています。これは、人の担当者をAIが支援した研究で、ドコモの音声AIの実験とは別です。[3]
この研究が数えているのは、話の長さではなく、解決できた件数です。限られた人員で待ち時間を減らすなら、その指標には理由があります。人が一人の相談を長く聞くほど、次に待つ人へ使える時間は減るからです。
でも、相談には、本人がまだ質問を作れていない段階もあります。例えば「仕事のデジタル化をしたい。でも、何から変えたらいいか分からない」。この段階でツールの候補を十個返されても、選べません。まず、どんな作業で、誰が、何に困っているのかを話す必要があります。
その会話を、安い商品を買う前にも、営業時間を気にせず頼めたらどうでしょう。私はAIの次の可能性を、ここに感じます。既存の接客を少ない費用で代行するだけでなく、これまで人手と時間の都合で十分に用意できなかった相談を、サービスとして用意できるかもしれないのです。
「待つ」「割り込まれたら止まる」も、接客の能力になる
そのためには、正しい文章を作れるだけでは足りません。話している途中でAIが答え始めたり、訂正しようとしても止まらなかったりすれば、こちらは話すのを諦めてしまいます。会話の内容と同じくらい、話し始めるタイミングが効いてきます。
同じ10月26日、NTTは、相手の発話を聞きながら相づちを打つ、言い終わるまで待つ、割り込みに対応する音声対話技術を別に発表しました。商品情報や予約情報など、外部のデータベースを参照・更新する機能も含みます。ドコモのEQ実験と一体のサービスが完成したという発表ではありませんが、会話の技術が向かう先を示しています。[4]
相談を聞くAIに必要なのは、返答までの空白を全部なくすことではなく、相手が続きを話そうとしているかを見ながら応答することです。すぐ相づちが返ることと、考える時間を奪わないことは両立できます。
ドコモの資料も、共感だけを最大化してはいません。相手に合わせるほど、問題のある要求にも同調しやすくなるため、安全性と共感を両立する仕組みを組み込んでいます。[1]

図には、怖い話が苦手な人にはその話題へ踏み込まず、ホラー好きの人とは作品の話を続ける例があります。同じ「怖い話」でも、一律に禁止したり、誰にでも続けたりしない。学習の場面では、答えだけを求められても、解き方のヒントを返す例もあります。相談相手に求めたいのは、何でも肯定してくれることではない。状況と目的を見て、返し方を選んでくれることです。
企業が「よく聞くAI」を作りたくなる、もう一つの理由
では、企業はなぜ、その相談時間を用意するのでしょう。ここでホワイトペーパーをもう一段読むと、技術発表の印象より、ずっと商売に踏み込んだ構想が出てきます。
第6章が目指すのは、会話の心地よさを、購入率や継続利用、顧客生涯価値につなげることです。顧客生涯価値、LTVとは、その人との取引が続く間に企業が得る価値のこと。資料は、対話の記憶が積み重なると、他社には置き換えにくい関係になるとも説明しています。[2]

図の最後は「関係の資産化」です。昨日までの相談内容を覚えていて、今日も続きから話せる。新しいサービスへ移ると、また最初から説明し直さなければならない。そうした手間も、使い続ける理由になります。これが、乗り換える際の負担を意味する「スイッチングコスト」の一種です。
ここからは私の読みですが、接客AIの競争は「最も速く答える会社」だけでなく、「もう一度、この相手に話したいと思える会社」の競争にもなり得ます。会話の記憶はユーザーには便利さ、企業には顧客との継続的な接点になる。両者が同じ仕組みから別の価値を受け取る構造です。
ただし、図は会社の構想で、実験がそこまで証明したわけではありません。資料にある10日間の日記形式の別実験も、主に「また話したい」などの自己評価を調べたものです。長期の契約継続や購買を測った結果ではありません。この線引きがあって初めて、技術の芽と、企業の期待を読み分けられます。
長く話させるAIより、うまく話せなかった困り事を解くAIへ
「会話が長くなった」だけを成功にすると、早く手続きを終えたい人にまで質問を重ねるAIになってしまいます。AIが増やせるのは、雑談の分数より、必要な人へ必要な相談時間を用意する選択肢であってほしい。
手続きが決まっている人には、短く確実に。何に困っているか整理したい人には、急がずに。その違いを見て応答を変えられるなら、企業も、相談が苦手な人を「要望がはっきりしないユーザー」として取りこぼしにくくなるはずです。
もちろん、AIの運用にも費用はかかり、今回の発表は相談サービスの採算を実証してはいません。だからこそ、これから見たい成果は、長く会話した人数だけではない。今まで相談できなかった人が、困り事を言葉にし、納得して次の行動を選べるようになったか。その成果に企業が対価を見いだせたら、「よく聞く接客」は一部の高額サービスだけの物ではなくなるかもしれません。
AIが人の代わりにたくさんしゃべる未来より、人が途中で諦めずに話せる未来を期待したい。今回の短い実験には、そちらへ進む手掛かりがあります。
根拠・参考資料と、この記事の見方
確認日:2026年10月28日。発表の概要だけでなく、ホワイトペーパー表A-2の単位を採用しました。58.0字→83.0字は人の1セッション総発話量、58.2字→53.6字はAIの1発話平均です。実験1のアンケートn=20、発話データ全90セッション(EQあり42・なし48)。少人数の探索的検証で、統計的有意性は主張されていません。実験2は社内成人の日記形式・10日間で、回答者数が時点により異なります。QJE研究は人へのAI支援、NTTの発表は別の研究で、今回の製品の実地導入効果ではありません。採算や相談サービスへの展開は記事の仮説です。LTVや継続利用への図は会社の構想と区別しています。
[1] NTTドコモ/10月26日報道発表。EQの定義、技術、二つの実験の概要と今後の予定。
[2] NTTドコモ/AI EQ+1 Framework Whitepaper v1.0、2026年10月26日。pp.16–19の事業構想、pp.23–27の実験条件・数値。
[4] NTT/10月26日発表。相づち・発話待ち・割り込みと、外部システムの参照・更新。ドコモのEQ実験とは別の研究発表。


