冒頭画像:栗原/OVERRIDEの発表用ブランドロゴ(2025年のプレス資料)。
「自分には帽子が似合わない」。そう思って、売り場へ入らなくなった人もいるはずです。帽子専門店の社員には、サイズやかぶり方で変わることが分かる。でも、その知識は、まだ店へ来ていない人へ届いているでしょうか。OVERRIDEを運営する栗原のSNS内製化を、投稿の担当替えより、専門店の接客を外へ届ける話として読んでみます。
栗原は、外部に委託していたSNSの設計・分析を、約1年の支援を経て社内で行えるようにしました。支援会社toが2023年に公開した事例です。SNSを社内に戻すと、何が変わるのか。今回は、その移行の内容と、帽子専門店としての仕事を突き合わせて考えます。[1]

競う相手は、ほかの帽子店だけではなかった
会社の目標を知る手掛かりが、2022年のKITTEのインタビューにあります。栗原亮社長は、普段帽子を使わない人にも楽しんでもらうことを目指し、ナイトキャップやサウナハット、ヘアロスに悩む女性への提案などを試みていると話しています。帽子好きの間で自社のシェアを増やすだけでなく、使う人そのものを増やそうとしている。[2]
そのとき、商品の写真をたくさん見せれば十分でしょうか。もともと帽子を買うつもりの人には、新しい色や形が選ぶ材料になります。一方、「似合わないから自分はかぶらない」と決めた人には、どの新商品も自分のための情報に見えないかもしれません。
この人に必要なのは、「新作が出ました」より先に、買わない理由が変わる説明です。例えば、自分の頭囲に合うサイズなら、窮屈さが減る。かぶる深さを変えるだけでも、鏡の中の印象が変わる。そんな選び方を知って初めて、試してみようと思える。
専門店の発信には、すでに買いたい人から選ばれる仕事と、まだ買うつもりのなかった人を誘う仕事がある。私は、OVERRIDEのSNSを後者まで含めて考えたいと思います。
「似合わない」を、サイズやかぶり方の相談に変える
OVERRIDEは、実際にサイズの悩みが多いと説明しています。2025年3月のキャンペーンでは、店頭で頭囲を測り、サイズを書いたカードを渡しました。オンラインでは、対象会員向けの返品送料無料の試着企画や、メジャーを含む測定キットの配布も行っています。[3]

「似合う帽子を探しましょう」と言うだけでなく、自分の頭の大きさを知り、合う商品を試せるようにしている。似合わなかった理由を、本人の顔立ちやセンスのせいにせず、確かめられる条件へ分けているところが良いと思います。
店頭には、この相談に日々向き合う人がいます。どこで迷い、何を説明すると安心するか。どんなかぶり方で「あ、これなら」と表情が変わるか。社員は、商品情報だけでなく、伝える前と後の変化も見ています。
ただ、その経験があることと、SNSで伝えられることは別です。店なら相手の顔を見ながら説明を足せても、投稿では最初の一枚や短い映像で、自分の悩みだと思ってもらわなければならない。ここに、現場の人が発信を学ぶ意味があります。

社内へ移したのは、投稿ボタンを押す仕事だけではない
公開事例に戻ると、委託していた範囲として明記されているのはSNSの設計・分析です。外部がKPI(重要業績評価指標)、つまり目標への進み具合を見る指標を見直し、投稿ジャンルごとの反応を確認し、改善案を出す運用を約1年続けた後、内製化しました。撮影から投稿まで全部を外注していた、と読み替えない方が、この事例の価値がはっきりします。[1]
移行後は、年度ごとの目標も社内で決め、出社後にデータを確認する習慣ができたと報告されています。以前は外部に分析してもらっていた反応を、自分たちで読み、次の発信を考える。毎月の報告を待たずに、自分たちで改善を始められるようになったのです。[1]
同時に、分析ツールで投稿を比較しやすくし、社内レポートを作る手間も減らしています。社員の熱意だけで、増えた仕事を吸収させたという話ではありません。内製化するなら、学ぶ人の時間まで用意する必要がある。その現実的な部分も見逃したくない。
ここからは、私の読みです。商品と接客を知る人が反応を確認できれば、例えばサイズの説明がよく読まれたときに、「この季節は、その悩みが多いのかもしれない」と現場の経験と照合できます。反対に、店で何度も聞かれた質問を、次の発信の候補にもできる。実際の反応を見て、説明の順番や見せる商品を変えるところまで、仕事がつながります。
外部の人が持つ伝え方と、社内の人が持つ商品・顧客の知識が、一人の担当者の中でつながる。教わった後にも、自分で結果を読み、次を試せる。支援が終わってからも説明を磨き続けられるところに、学んで内製化する強さがあります。
SNSで気になった後にも、専門店の人がいる
もう一つ、同じ事例で紹介されているのが、ECサイトのスタッフチャットです。2023年4月の公式案内では、販売経験のある専門スタッフが、サイズ、かぶり方、コーディネートの質問にオンラインで答えると説明しています。[4]

投稿を見て欲しくなった人が、商品ページへ進む。そこで「自分にも合うかな」と迷ったら、専門店の人へ聞ける。画面の先にあるのは、写真を見てすぐ購入する人だけを想定した売り場ではありません。
マーケティングでは、購入をためらう条件を購買障壁と呼びます。帽子なら、魅力を知らないことに加えて、サイズや似合い方を確かめられないことも障壁になる。SNSで注意を引いた後、その不安に答えるところまで用意して初めて、専門店の強みを使えます。
サイズ測定や試着企画が、SNS内製化によって生まれたと確認できたわけではありません。別々の施策を並べて見えるのは、関心を持つ前から購入を決めるまで、専門店の説明を使える場面がいくつもあるということです。発信の上手さだけでなく、その先で誰が何に答えるかまで、運用を考えたい。
研修で増やしたいのは、「この話なら伝えられる」という社員
この事例を「内製化したから売上が何倍になった」とは書けません。公開資料に、その比較はありません。私が評価したいのは、専門店の知識を持つ社員が、発信の目標を決め、反応を読み、次を考える仕事まで行えるようになった点です。
社内にしかない話は、意外に目立たないところにあります。何度も聞かれる質問、説明すると驚かれる機能、スタッフ自身が最初は苦手だった商品。それを外部に一から説明するだけでなく、自分たちでも読み手へ届けられるようになる。そのために学ぶのなら、研修は運用の本番から離れた座学ではなくなります。
「帽子ってなくても生きていけるもの。でも、あるとより豊かな気持ちになれるんです」。KITTEのインタビューでの栗原社長の言葉です。必需品ではないからこそ、かぶる前と後の小さな違いを、誰かが伝える必要があるのでしょう。[2]
「似合わないから」と諦めていた人が、試してみたくなる。そんな発信を、帽子のことをよく知る人が作れるようになる。SNSを社内に戻す価値を、私はそこに感じます。
根拠・参考資料と、この記事の見方
確認日:2026年10月28日。2023年の公開導入事例を、2026年10月に読み直した分析です。成功と確認できるのはSNS設計・分析の内製化と運用習慣・負担軽減の報告で、売上やフォロワーの増加率は公表されていません。撮影・制作まで全て外注していたとは扱っていません。サイズ企画は2025年の過去施策で、SNS内製化の直接の成果とは確認できません。接客知識を発信へ使う価値は、別々の資料を突き合わせた分析です。記事末尾のHYPEUPの研修は当社サービスの紹介であり、栗原への支援を当社が担当したという意味ではありません。
[1] 支援会社to/2023年7月26日、栗原のSNS設計・分析の内製化事例。約1年の支援、移行後の習慣、作業負担とチャット導線。
[2] KITTE/2022年5月、栗原亮社長インタビュー。帽子を使わない人への提案と、事業の目標。
[3] OVERRIDE/2025年3月のFind Your Head Size!。頭囲測定・カード・会員向け試着など、過去の企画。
[4] OVERRIDE公式オンラインストア/2023年4月11日のスタッフチャット開始案内。販売経験のある専門スタッフが質問に答える仕組み。



