2019年、渋谷区観光協会は「ハロウィンを渋谷の誇りに」と呼びかけていました。2023年、渋谷区長は「ハロウィーン目的で渋谷駅周辺に来ないでほしい」と訴えます。そして2026年の啓発コピーは「GOODBYE BAD HALLOWEEN」です。
歓迎したり、断ったり、また条件付きで迎えたり。言葉だけを並べると、方針が揺れているようにも見えます。しかし、この街が十年以上かけて向き合ってきたのは、人は集まるのに、主催者がいないという問題でした。
渋谷で起きたのは、知名度が足りないという失敗ではありません。むしろ「そこへ行けば誰かがいて、何かが起きる」という期待が、行政や店舗が引き受けられる範囲を越えて育った。ここに、街のブランドをつくる仕事の難しさが表れています。
2026年10月23日更新。これまでの公表資料と調査研究を照合した分析です。2026年10月末の対策の成果を、実施前に評価したものではありません。
「来ないで」の前に、受け皿をつくる時期があった
渋谷駅周辺に集まる仮装の人たちは、区が一つの会場へ招待した参加者ではありません。日本交通公社の研究は、自然発生した集まりが2010年代半ばに拡大し、2015年から区が仮設トイレや着替え場所、ごみステーションなどを設けた経緯を整理しています。[1]
この対応を「区がハロウィーンを主催して盛り上げた」と読むのは違います。人が来た後、駅や店のトイレ、道路などに生じる負担を受け止めようとした面があるからです。受け皿を用意することと、集客することは、分けなければなりません。
一方、街の事業者には、そのにぎわいを商売や文化につなげようとする動きもありました。2015年の「シブハロ」では、パルコ前のファッションショーやパレード、クラブなどとの連携、写真を指定のハッシュタグで投稿すると会場へ無料で入れる企画が案内されています。[2]こちらは、時間と会場、企画の担い手がある催しです。
同じ「渋谷ハロウィーン」という呼び名の中に、店が企画したイベント、参加者が街で楽しむ行動、それを見物する人、行政の安全対策が混在していた。ここを一つにしてしまうと、後の「中止しろ」という要求も、「街が自分で呼んでおいて追い返す」という批判も、相手を取り違えます。
| 時期 | 対応の重心はどう動いたか |
|---|---|
| 2015年〜 | 着替え、トイレ、ごみなど、既に集まる人のための受け皿を整える。[1] |
| 2019年 | 条例による規制と、「渋谷の誇りに」というマナー啓発が並行する。[3][4] |
| 2022年 | 梨泰院の事故を受け、仮装や見物目的の来街にも自粛を求める。[5] |
| 2023年 | 駅周辺はハロウィーンの会場ではないと明示し、来街抑制を強める。[6] |
| 2024年10月〜 | 対象区域の夜間の路上飲酒規制を通年化する。[4] |
| 2026年 | 「BAD」な行為の抑制と、地域・施設の催しでの楽しみ方を伝える。[7] |
2019年は、規制しながら「誇りにしよう」と言っていた
2018年には軽トラック横転などの事件が起き、翌2019年には、公共の場所での飲酒制限などを定める条例がつくられます。[1][4]ただ、その時点で「ハロウィーン自体を街から消す」という一本道へ進んだわけではありません。
同じ2019年10月、観光協会が制作したのが「SHIBUYA PRIDE SHIBUYA HALLOWEEN」の啓発ムービーです。観光協会は、安全できれいな街を訪れて楽しんでほしいという趣旨を説明し、来街者にも自分の街として大切にしてもらうことを訴えました。街頭ビジョンやAbemaTVでの放映を案内し、同じ発表の中でバーやクラブを探せるナイトマップも紹介しています。[3]

このビジュアルでは、「PRIDE」と「HALLOWEEN」が大きく並び、日本語で「ハロウィンを渋谷の誇りに」と添えられています。楽しむ人を最初から街の外に置くのではなく、街を守る側へ招き入れようとする言葉です。
マーケティングでいうプレイス・ブランディングは、ロゴや観光広告を整えるだけの仕事ではありません。その場所をどんな街だと認識してもらい、そこでどんな体験を期待してもらうかを育てる仕事です。この2019年の発信には、「にぎわいは残し、その振る舞いを変えたい」という方向が読み取れます。
ここでの手段は、参加者の帰属意識への働きかけです。自分もこの街をつくる一人なら、汚さず、壊さず、他の人に迷惑をかけずに遊んでほしい。規制だけではつくれない協力を、街への愛着から引き出そうとしていたのです。これはムービーの効果が実証されたという話ではなく、発信内容から確認できる働きかけの構造です。
この経緯を飛ばして「昔は歓迎、今は禁止」とまとめると、両立を試みた時間が抜け落ちます。条例と歓迎の言葉が同時にあったことこそ、街が抱えていた課題をよく表しています。
それなら、会場を決めてイベントにすればよかったのか
主催者がいないことが問題なら、公式イベントをつくればよい。これは自然に出てくる案です。しかし、渋谷の場合は、「仮装を楽しめる催し」があれば、駅前の集まりをそのまま移せるとは限りませんでした。
日本交通公社の区へのヒアリングを含む研究では、代々木公園での開催なども検討・シミュレーションされたと整理されています。その際の課題は、センター街からの距離、狭い道を含む移動経路、結局駅前やセンター街へ戻ってくる人、数日にわたって誘導し続ける難しさでした。[1]
これは、企画内容だけの問題ではありません。集まる人にとって、渋谷の駅前にいること自体が目的の一部になっている。別の場所に立派な会場を設けても、その魅力が同じとは限らないのです。
人がいるから見に来る。見に来る人がいるから、そこへ仮装して行く。さらに写真や映像が広まり、次の来訪理由になる。UGC(利用者がつくる投稿や動画)は、広告主が一件ずつ出稿しなくても、この期待を運びます。
企業ならUGCによる認知の拡大を喜ぶ場面でしょう。しかし、入場券も終了時刻もない公道では、知名度が上がっても受け入れ人数を調整する仕組みは増えません。「渋谷に行けば参加できる」という認識が広がるほど、主催者のいない催しが、主催者のいるイベントのように受け取られてしまう。このずれは、広告の言い方だけでは解消できません。
2022〜2023年。「迷惑をかけない」だけでは足りなくなる
もう一つ、マナーの話と分けて扱うべきなのが、雑踏事故の危険です。
2022年10月31日、区長は韓国・梨泰院の事故に言及し、渋谷でも同様の事故を危惧すると発信しました。飲食や映画、ライブを楽しみに来る人は通常通り迎えたい一方、仮装して練り歩く、撮影する、仮装を見に来るといった目的では、来街を控えることを求めています。[5]
この段階では、危険をつくるのは暴れる人だけではありません。誰も物を壊さず、ごみを持ち帰っても、同じ狭い場所へ人が集中すれば、安全な移動が難しくなります。「良い参加者なら何人来てもよい」という解き方が、できなくなるのです。
2023年の区長メッセージは、コロナ前と同等かそれ以上の来街者、路上飲酒の常態化、住民とのトラブルを挙げました。そして「渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません」と明言し、時期と目的を限定して駅周辺への来街自粛を求めています。[6]
私は、この「会場ではない」という表現を重く見ます。単に悪い行為を注意する言葉ではなく、そこへ行けば参加できる催しがある、という期待そのものを修正する言葉だからです。2019年には街の一員として守ってほしいと頼み、2023年には、その前提にある「行く理由」へ手を入れる必要が生じていました。
人を減らす判断も、街のマーケティングになる
需要を抑えたり、特定の需要を調整したりすることを、マーケティングではデマーケティングと呼びます。コトラーとレビーが1971年に論じた考え方で、売ることや集めることだけがマーケティングではない、という立場です。供給が足りない場合や、長期的な目的に合わない需要にも対応する仕事があります。[8]
渋谷区がこの理論を採用したと説明しているわけではありません。しかし、今の対策を読むための言葉にはなります。抑えたい需要を「若者」「外国人」といった人の属性で一括りにするのではなく、いつ、どこへ、何をしに来るかで切り分けているからです。
区内のすべての店や催しを止めるのと、特定期間の駅前への滞留を減らすのとでは、残せる体験が変わります。大勢の人が来たかだけを成果にすれば減少は失敗に見える。でも、安全に店を利用できたか、普段の仕事や生活が保たれたかまで成果に含めれば、評価は違ってきます。
この街のブランドに関わるステークホルダー(影響を受ける関係者)には、訪問する人だけでなく、住む人、働く人、商売する人もいます。来街者の楽しい一晩のために、別の人が清掃や通行の不便、安全確保の負担を引き受ける。こうした負担を放置したまま、来街者数だけで街の成功を語ることはできません。
そこで「街のイメージを守るために締め出す」とだけ説明するのも不十分です。実際に街を使う人の体験を維持できなければ、発信している魅力の方が空約束になる。規制や運営は、ブランドの外側にある雑務ではなく、街が約束した体験を続けるための一部です。
2026年の「BAD」は、単純な歓迎への回帰ではない
路上飲酒の問題も、ハロウィーンの数日間だけには収まらなくなりました。区は2024年10月から、対象区域の路上や公園などで18時から翌朝5時までの飲酒を通年で禁止し、対象区域も広げています。[4]現在のハロウィーン対策を、年に一度のポスター企画だけで読むべきではありません。
その上で2026年の会見は「GOODBYE BAD HALLOWEEN」を掲げ、路上飲酒、喫煙、ごみのポイ捨て、通行妨害などを抑え、地域や施設の催しでマナーを守って楽しむことを呼びかけました。[7]

2019年の「PRIDE」と比べると、今回の写真では背面に「NO」と行為の絵が並び、止めたい振る舞いがはっきり出ています。それでも、コピーが別れを告げる相手は「BAD HALLOWEEN」。楽しむこと全体と、周囲に負担をかける楽しみ方を、同じものとして扱わない工夫は残っています。
ただし、「BADなことをしなければ駅前へ集まってよい」という意味ではありません。10月30日朝から11月1日朝には、ハチ公像周辺を仮囲いする予定も発表されています。[9]行為への注意と、特定の場所で人の集中を抑える措置は、両方存在します。
一方、区報には原宿・表参道のパレードや、西原、上原仲通り商店街のハロウィーン行事も掲載されています。[10]地区、時間、主催者のある催しと、駅前の路上の集まりを混同しなければ、区の二種類の発信は矛盾しません。
地名は、主催者の代わりにはならない
渋谷の経緯から持ち帰りたいのは、「人気が出すぎると困る」という一般論ではありません。人が行きたくなる理由を育てることと、その人たちが何をして帰るかを引き受けることには、別々の仕組みが要るという点です。
店の企画であれば、営業時間、予約、収容人数、料金、責任者があります。公共空間で自然に育った集まりには、その境界がありません。認知は民間の企画や投稿、報道を通じて広がり、負担は道路、駅、周囲の店や住民へ分かれていく。発信する人と、結果を引き受ける人が一致しないのです。
「渋谷の誇りに」と呼びかけた時期を無視して、今の強い言葉だけを見れば、街が文化に不寛容になったという説明は簡単につくれます。しかし、受け皿を整え、協力を求め、会場化も検討し、密集の危険を受けて来街目的まで制限するようになった経緯を見れば、求められている判断はもっと具体的です。
私は、駅前の人出が減ることだけを渋谷の魅力の後退とは考えません。映画、音楽、店、商店街の行事を、訪問する人と日々そこで暮らす人が続けて楽しめるなら、むしろ守るべき体験が残ったことになる。2026年の対策も、人数の大小だけでなく、どの体験を残し、誰の負担を減らせたかで評価したいと思います。
根拠・参考資料と、この記事の見方
確認日:2026年10月23日。行政、観光協会、民間の企画を区別して時系列を整理しています。デマーケティング等は編集上の分析のための概念であり、区が理論の採用を説明したものではありません。2026年10月末の対策は実施前です。
[1] 後藤健太郎/日本交通公社「観光研究最前線 渋谷区のハロウィーン対策から学ぶ」『観光文化』262号(2024年)。現地調査と渋谷区へのヒアリング。
[2] シブヤ経済新聞「渋谷でハロウィーンイベント『シブハロ』」(2015年)。当時の主催者の企画内容の報道。
[3] 渋谷区観光協会「SHIBUYA PRIDE SHIBUYA HALLOWEEN」啓発ムービーの公表(2019年10月25日)
[4] 渋谷区「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」2019年の制定と2024年10月の規制通年化
[5] 渋谷区長メッセージ(2022年10月31日)。梨泰院の事故と来街自粛。ページの更新日とは区別。
[6] 渋谷区長「ハロウィーン期間の渋谷駅周辺への来街をお控えください」(2023年10月11日)
[7] 渋谷区「写真日記」2026年9月30日のハロウィーン対策会見



